みなさんは、洪水ハザードマップで自宅の浸水状況を確認していますか?
そして洪水ハザードマップは現在、1,000年に1度の大雨を想定して作成されているのをご存じでしょうか?
さらに、その前は100年に1度の大雨の予想で作成されていたことも、多くの方が知らないことでしょう。
もしも、ご存じならかなりのハザードマップ通といえますね。
実は、1,000年に1度のハザードマップへの切り替えには、自治体を含めて作成する技術者側にもさまざまな葛藤がありました。
あれから、7年が経過する今、当時の現場の状況をお話しましょう。
1,000年に1度の洪水ハザードマップは住民に説明できない!
100年に1度の浸水想定から、1,000年に1度の浸水想定に変ったのは2015年からです。
それまでにもハザードマップは改定されていて、全て100年に1度の浸水想定を掲載してきました。
首都圏の100年1と1,000年1の洪水ハザードマップを比較
まずは分かりやすいように、首都圏の100年に1度(以降100年1)と、1,000年に1度(以降1,000年1)を比較したハザードマップを確認してみます。
国土交通省が提供している「重ねるハザードマップ」で誰でも見ることが可能です。
100年1は青と黄色で表示される
1,000年1はオレンジとピンクで表示される
1,000年1の方が浸水範囲が広く、浸水深が深い
先の比較では、浸水の範囲が広くなっているのがよく分かります。
ただ、凡例を見ても同色を使っているので深さの比較がよく分かりませんね。
そこで、もう少しポイントを絞って確認してみます。
100年1では0.5m~1.0m
1,000年1では0.5m~3.0m
浸水範囲も変わるし深さもランク幅が大きい
先のハザードマップでは、両方とも特別支援学校が存在する場所の浸水深を示しています。
100年1は最大1.0mに対して1,000年1では最大3.0mになっています。
つまり、100年1では1階でも避難可能ですが、1,000年1では平屋では避難所に避難し、2階以上の建物なら2階以上に垂直避難が求められます。
実際に1,000年1のハザードマップを先行配布した地域ではクレームが殺到
このように、危険度は高くなりハザードマップを信用すると、避難を余儀なくされる地域が確実に増えています。
これまで、100年1の情報を配布いないのであれば問題ありませんが、既に100年1の浸水想定を把握しているところに、1,000年1を配布すれば「どうして急にわが家が水没するんだ!」「逃げる所が全くないじゃないか!」「役所は配って終わりなのか!」と、配布した地域住民から凄まじいクレームが続出する事態となりました。
我が町では1,000年1は採用できない!
当時、兵庫県内のある町のハザードマップを担当していた私は、何度も国土交通省の担当者に逢いに行って、状況をヒアリングしていました。
当然、町の防災担当も同席していますが、最終的に「我が町では1,000年1は採用できない」との判断になり、洪水ハザードマップの更新作業を延期することとなったのです。
住民のクレームはこれを見れば分かる!
100年1から1,000年1に変ることで、住民がクレームをつける理由はこれを見れば理解できるはずです。
まず100年1の赤丸の地域「揖保川町野田」と「揖保川町神戸北山」をよくみてください。
100年1では浸水は全く起きない想定となっている
見る限り「揖保川町野田」と「揖保川町神戸北山」地区には、浸水は1mmも見られません。
1,000年1では両地域が最大5.0m浸水する
ところが、1,000年1の洪水ハザードマップでは、両地域の住宅地の全てがほぼ5.0m浸水する予想になっています!
このような状況では、住民が納得しないのは理解できるでしょう。
100年1を使うか1,000年1を使うかは自治体の判断にゆだねられた
自治体の防災担当者が「住民に説明がつかない」と悩むのは十分理解できます。
マップを作成する側も「本当にこれでいいのか?」と考えてしまうほどです。
県に説明を求めても型式的な回答ばかりなので、現場では混乱が起きていたのは事実です。
予算計上しているので、流す訳にはいかない
少し自治体の裏話になってしまいますが、自治体は前年度に予算要求をおこない議会で承認されると、翌年に予算を使うことが可能となります。
ですが、ほとんどの自治体で予算の繰り越し(使わなかったから翌年に使わせてね)はできません。
予算を使わないと、翌年に同じように予算がつくとは限らないのです。
年度末になると、道路工事など土木関係の工事が多く見られるのも、予算上の理由からです。
従って、洪水ハザードマップも予算を流すわけにはいかないので、100年1にするか1,000年1にするか判断しなければなりません。
当面は自治体の判断で100年1を使用してもOK
2015年~2016年にかけての洪水ハザードマップは、100年1でも1,000年1でも自治体の判断でOKとなりました。
実はハザードマップは国土交通省が作成する「洪水ハザードマップの手引き」に基づいて作成する必要があります。
その手引きに、1,000年1の凡例で作成することと明記されれば、1,000年1で作成しないといけません。
それが、当面は緩和された状況となったのです。
100年1と1,000年1の両方を記載する自治体も多かった
しかしながら役所は縦社会なので、どうしても国(国土交通省)と県の担当者の目を気にしていまいます。
そこで、ハイブリッドと呼ばれる100年1と1,000年1の両方の浸水想定を掲載する案が、多くの自治体で採用されています。
予算はほぼ同等で情報量が倍なので業者泣かせの業務となった
ハザードマップは作成後、自治体の全ての住民世帯に配布することとなっています。
なので、印刷代も馬鹿になりません。100年1と1,000年1を両方載せるということは、作成業務も倍、印刷費も倍になるということです。
しかしながら、自治体の予算はほぼ変らずで若干上乗せされた程度でした。
その予算内で入札となるので、本当に業者泣かせの業務だったのを覚えています。
令和2年7月豪雨で1,000年1がスタンダードになる
これまで、1,000年1の雨量は現実的に不可能といえる雨量でした。
なので、自治体も「起きもしない自然現象で避難を促されるのはいかがなものか」との住民の声に、答えられなかったのです。
ところが、2020年に熊本県で発生した令和2年7月豪雨は、球磨川がはん濫したことで、正に1,000年1の浸水想定を証明することとなってしまいました。
実際に被害が起きたことで1,000年1が正当化される皮肉な事態に
これまで「1,000年1の雨量はない!」といわれていたことが現実になったことで、1,000年1の浸水想定が正当化される皮肉な現象が起きてしまったのです。
1,000年1の浸水想定を配布して住民からクレームがあっても「実際に球磨川がはん濫したでしょう」と答えを持つことができました。
2022年の現在では、約90%の自治体が1,000年1の基準で洪水ハザードマップを作成しています。
まとめ
浸水状況には幅がありますが、これまでハザードマップを作成してきた技術者としては、浸水域はほぼ正しいといえます。
浸水深が0.5m~3.0mのエリアは、避難所に避難するか2階への垂直避難が有効です。
3m~5mの浸水域では、避難所に避難する必要があります。
洪水は台風や大雨など予想できる災害ですから、広範囲に被害が出るようでしたら被害が予想されていない地域への避難も有効です。
洪水ハザードマップを確認して、自分と家族の命を守ってください。