災害用語を解説する今回のテーマは「流域治水(りゅういきちすい)」。
これは近年の気候変動がもたらす豪雨などの甚大な災害に対して、国があらたに示した水害対策の考え方です。
本記事では、流域治水とはどのような対策なのか、そのとりくみと課題をできるだけわかりやすく解説します。
過去経験したことのない災害が頻発する今だからこそ、あらたなとりくみ「流域治水」について、ぜひ学びましょう。
流域治水の考え方をしめす2つの特徴
そもそも「治水」とは水害をふせぐ取り組みのことで、もちろんこれまでにも数々の対策がなされています。
では、これらの対策と「流域治水」は一体なにがちがうのでしょう。
流域治水における2つの特徴をあげて解説します。
特徴① 水があふれることも想定内
これまでの水害対策は、洪水などの水害を「いかに起こさないようにするか」という考えがもとになっていました。
そのため、ダムや堤防を建設し『氾濫をふせぐ』ことを中心におこなわれてきたのです。
しかし、流域治水はそれだけではありません。
氾濫の予防は継続しつつ、あらたに「川の水はあふれることがある」という考えのもとで『被害を減少させる』とりくみもおこなうのです。
特徴② 浸水想定区域もふくむ広範囲で取り組む
流域治水は「川の流域」つまり、雨水が川に流れ込む上流から人々が生活する下流域まで、“広範囲”の人々に対策をもとめるものです。
「川があふれること」が想定内だからこそ、あふれた水はどうするのか?命を守るにはどう行動すればいいのか?といったことを、それぞれが考え行動にうつす必要があります。
流域治水の背景にあるのは想定外の豪雨災害
このような考えにいたった背景は、近年みられる激しい被害をもたらす水害の発生です。
これまでは過去の被害をもとに対策が検討されてきました。
しかし、過去に類をみない気候および水害が繰り返し発生するなか、あらたな対策が必要となったのです。
そこで国は関連する法律の改正をおこない2021年11月から施行、流域治水の取り組みがスタートしています。
流域治水の具体的なとりくみ
では、流域治水とは具体的にどのような対策なのでしょうか。
流域治水には、3本の柱(➀氾濫を防ぐ ➁被害自体・被害対象を減らす ③早期復旧・復興)があり、流域全体で多様な取り組みがなされています。
ここではその中から、川の水をあえてあふれさせる「霞堤(かすみてい)」の役目、田んぼに水を貯める「田んぼダム」、そして個人がおこなう「避難行動計画(マイタイムライン)」作成についてご紹介します。
あえて堤防に切れ目をいれる「霞堤(かすみてい)」
洪水をふせぐものといえば、まずは堤防をイメージする方も多いでしょう。
この堤防をあえて途中でとぎれさせたのが「霞堤(かすみてい)」とよばれるもので、川の水をにがす役目をもっています。
霞堤は江戸時代にはあったとされ、あふれた水は農地などの水をためる土地(遊水地)に流れこみ、その結果、下流域の洪水被害をおさえることができるのです。
遊水地が整備されていることが欠かせないもののの、霞堤は「氾濫をふせぎ、かつ水を貯める」ものとして、流域治水の1つのとりくみとして注目されています。
田んぼダムで河川の負担軽減
新潟県見附市(みつけし)では、大雨のとき田んぼに水を貯める“田んぼダム”を実施しています。
これは、田んぼの水を川に流す配水管の口径を小さくすることで、大雨時に田んぼから川に流れ出る水の量をおさえ、河川の負担を軽減するというものです。
見附市では田んぼダムに必要な経費はすべて市が負担し、さらに農家の方がおこなっていた配水管の操作を自動化するなどして、農家の方がとりくみやすいようサポートしています。
避難行動計画(マイタイムライン)作成
流域治水では「自分事」という言葉がとりあげられています。
それは、上流から下流にいたるあらゆる立場の人が「自分事」として水害対策にとりくみましょう、という方針をしめしているのでしょう。
たとえば、わたしたちは「浸水ナビ※国交省の外部リンク」でどのような被害が想定されているのかを知り、そして「避難行動計画(マイタイムライン※本サイト内リンク)」を作成することができます。
浸水ナビでは堤防決壊後の変化をアニメーションやグラフで見ることができるので、避難する状況がイメージしやすいでしょう。
流域治水の課題
スタートしてまだ数年の流域治水には課題も指摘されています。
ここでは、住民への移転促進と霞堤で遊水地となる農地への補償についておつたえします。
危険エリアからの移転促進
流域治水には、被害軽減のとりくみとして「土地開発の利用規制」とともに「移転促進」があげられています。
浸水や土砂崩れといった災害発生の危険がある土地に住む住民にたいして、市町村が防災移転計画を示してすすめるのです。
とはいえ、住み慣れた土地をはなれることは容易ではありません。住民への丁寧な説明はもちろん、移転計画から手続きの代行といったコーディネートなどが必要とされています。
遊水地となった農地に補償なし
先ほどもおつたえしたとおり、霞堤(かすみてい)はあえて堤防に切れ目をいれて川の水をあふれさせ、下流の被害を軽減させるものです。
2022年8月5日滋賀県長浜市に大雨がふった際には、霞堤によって農地が浸水し下流の被害を軽減したとして、その効果が話題となりました。
しかし、このとき浸水した農家にたいして公的な支援はまったくなかったのです。
流域全体で水害対策に取り組むにはあらゆる立場の人の協力が必要であり、だからこそ、それぞれの状況に耳をかたむけ丁寧なサポートや補償がもとめられるでしょう。
流域治水は災害の被害を減らす「減災」のとりくみ
「川があふれることは想定内」として対策をすすめる流域治水。それは、川があふれることによる「被害の発生」もふまえた考え方といえるでしょう。
もちろん、この被害はできるかぎりおさえなければなりません。
災害による被害をできるだけおさえる『減災※本サイト内リンク』という考え方がありますが、流域治水はまさに減災へのとりくみです。
わたしたちは台風や地震といった自然災害をなくすことはできなくても、減災へのとりくみは可能です。
減災には「これで十分」ということはないとも言われています。
国や自治体・企業や個人などあらゆる立場の人が課題の解消をめざしながら、それぞれにできることを継続することが大切なのではないでしょうか。
【参考文献】
国土交通省カワナビ|流域治水
国土交通省|流水治水の推進
国土交通省|流域治水の基本的な考え方
国土交通省カワナビ|田んぼダムで流水治水
京都新聞|豪雨からまちを救った「霞堤」なぜ、農地の被害に公的支援ないのか?
朝日新聞デジタル|「なぜ自分たちが犠牲に?」霞堤と集団移転、治水対策に揺れる集落
(以上)