東日本大震災から12年がすぎ、筆者のすむ宮城県内でも各地で海水浴場が復活しています。
しかし、そこには震災前にはなかった高い「防潮堤(ぼうちょうてい)」があり、それによって景観が様変わりした所もあるのです。
ところで、防潮堤と似た言葉に「防波堤(ぼうはてい)」があります。
どちらも海にあるのはわかっていても、その違いはよくわからないのではないでしょうか?
防波堤では釣り人の転落事故がおき、東日本大震災のあと防潮堤の建設には賛否両論の意見が交わされています。
今回は、このような事例もまじえながら「防波堤と湾口防波堤(わんこうぼうはてい)」そして「防潮堤」の違いを解説します。
本記事をよんで「何となくわかる」を「よくわかった!」に変えましょう!
防波堤と防潮堤どちらも堤防
防波堤と防潮堤、いずれの語尾にも「堤」がついているように、これらは「堤防(ていぼう)」です。
まずは「堤防」の意味を簡単に確認しましょう。
堤防のなかの「海岸堤防」
コトバンクには次のように記されています。
海、河川等の水の浸入を防ぐコンクリート、土砂等の構造物。
コトバンク:百科事典マイディア「堤防」より引用 ※太字・下線は筆者加筆
湖水の氾濫(はんらん)を防ぐ湖岸堤防,波浪を防ぐ防波堤や高潮・津波を防ぐ防潮堤などの海岸堤防,
洪水の氾濫を防ぐ河川堤防がある
つまり、どこからの水の侵入をふせぐかによって、堤防は3種類(湖岸堤防・海岸堤防・河川堤防)にわけられるのです。
そして、防波堤と防潮堤はいずれも“海の水”がながれでるのをふせぐ「海岸堤防」にあたります。
ではいったい何がちがうのでしょう。まずは海の防波堤について解説します。
防波堤は港内の減災が目的
防波堤について、goo辞書では次のように記しています。
外海からの波浪を防ぎ、港内を静穏に保つために築く突堤
goo辞書「防波堤」より引用 ※太字は筆者加筆
波浪とはひと言で言うと「波」、突堤(とってい)は後述しますが「堤防の形」のことです。
“港内”には漁船や客船、釣り人などあらゆる人が集まり作業をしています。荒れた波の影響をまともにうけたのでは、船の出入りにも危険が生じます。
港内にいる人たちを波の影響からまもる、言い換えるなら“港内の減災”のために造られるのが防波堤といえるでしょう。
防波堤は釣り場になることも
先述のとおり、防波堤は“突堤(とってい)”という形状の堤防であり、その意味は『岸から海中や河中に突き出した細くて長い堤防※』となります。※事典オンライン国語事典「突堤」
わかりやすく言うと、防波堤は海の上につくられます。
ドラマなどで岸から沖にむかって、コンクリートの道がつづいているのを見たことはないでしょうか?
「堤防釣り(防波堤釣り)」という言葉があるほど防波堤は釣り場としても認識され、ブログなどで“堤防で釣れる魚”が紹介されるほどです。
その一方、釣り人が防波堤から転落死する事故も発生しています。
釣り中の転落場所は「防波堤」が最多
海上保安庁の資料※によると、過去5年間(平成28年~令和2年)における釣り中の事故では、「転落」が全体の8割を占めており、毎年およそ200人が海に落ちているというのです。※海上保安庁「釣り中の事故発生状況」令和3年3月
しかも転落を場所別にみると、防波堤がもっとも多く35%、ついで岸壁27%になっています。
今年(2023年)5月には大分県佐伯市の防波堤で釣り人が転落死しており、防波堤で釣りをするときは細心の注意が求められるのです。
湾口防波堤は湾の海側につくられる
この防波堤には「湾口防波堤(わんこうぼうはてい)」というものがあります。
東京湾に代表されるように“湾”は各地にありますが、湾とは『海が陸地に入り込んでいる所※』であり、湾口は湾の海側にあたる部分です。※コトバンク:デジタル大辞泉「湾」
つまり、一般的な防波堤は“港内”をまもるべく岸からの延長線上につくられますが、湾口防波堤は湾口(陸地とは反対の海側)に建てられます。
湾口防波堤を写真でチェック
イメージしやすいように写真で確認してみましょう。
これは久慈港(青森県久慈市:くじし)の様子で、写真上部に赤枠で示されているのが建設中の湾口防波堤です(令和15年/2033年完成予定)。
海が陸地に入りくんでいる(=湾)様子、そして湾口防波堤が「湾の海側にあたる海上」につくられているのが、よくわかるのではないでしょうか。
湾という地形の特徴ゆえに陸地の住民は高潮や津波などの被害が懸念されますが、湾口防波堤はそれを軽減させる役割を担うのです。
世界最大水深にある|岩手県釜石市
湾口防波堤の役割がわかるように、釜石港(岩手県釜石市)の事例をご紹介します。
これは世界でもっとも深いところにつくられた湾口防波堤(全長1,960m、水深63m)として知られており、東日本大震災(2011年3月11日発生)において津波被害を軽減したとして注目されたのです。
具体的には『津波の高さを4割』減らし、その結果『住民が避難できる時間を6分』伸ばすことにつながったとされています(参考:釜石市公式サイト|釜石港湾口防波堤)。
1分1秒が貴重な避難行動のなか、5分以上もその時間が長くなるのは、とても大きな効果といえるでしょう。
ここは平成20年(2008年)に完成ましたが、東日本大震災によって全壊(北堤)半壊(南堤)し平成29年(2017年)に復旧工事が完了しています。
防潮堤は海岸沿いにつくられる
つぎに、防潮堤(ぼうちょうてい)について解説します。
おなじくgoo辞書では次のように記しています。
大波や高潮などを防ぐために築く堤防
goo辞書「防潮堤」より引用 ※太字は筆者加筆
防波堤との主な違いを目的と建設場所からみてみましょう。
一般的な防波堤は海上につくることで波の威力を弱め、主に“港内”の被害軽減を目的につくられます。
それに対して、防潮堤は海岸沿いにつくられ、より“生活にちかい場所”、わたしたちが暮らす陸地に海水が浸入するのをふせぐために建てられるのです。
3.11では防潮堤をこえて津波が襲来
しかし、東日本大震災では防潮堤をこえて津波が陸地に押し寄せるケースがありました。
岩手県宮古市田老地区では「世界一」と称されていた高さ約10mの防潮堤をとびこえて、津波が住宅をおそったのです。
過去に津波被害をうけて建設されたこの巨大な防潮堤が、住民に安心をもたらしてきた面もあるでしょう。
しかしその一方で、巨大な防潮堤があるから「今回は大丈夫」との思いが避難行動をさまたげたとも言われています。
防潮堤によって海が見えず不安
防潮堤の高さは過去の最高潮位や波の高さをもとに決められるため、被災地には高い防潮堤が建てられ、なかには15m近いものもあります。
「防潮堤ができて一安心」と思うかもしれませんが、そう言い切れない側面があります。
これまで海を見ながら港内で仕事をしたり暮らしてきた人たちにとって、海が見えない状況は逆に不安をもたらすこともあるのです。
TBS NEWS DIGの動画「検証:被災地の防潮堤【報道特集】」では、完成した防潮堤をまえに複雑な胸の内をあかす住民の声や、不必要とおもわれる場所への建設などについて報じています。
また、巨大な防潮堤があることで「陸地の危険(=防潮堤を乗り越えた勢いのある水の流れ)が増す」といった専門家の指摘も伝えられており、ご覧になると防潮堤をめぐる状況がよくわかるでしょう。
防波堤・防潮堤について今知っておきたい事
防波堤と防潮堤、いずれも波による被害軽減を期待して建てられたものですが、いくつか課題もあげられています。
たとえば、防波堤・防潮堤をふくむ海岸堤防では老朽化対策がなされていないものもあり、国土交通省の資料※によると2030年に築50年以上となるものが7割を占めるといいます。※国土交通省 第1回海岸管理のあり方 検討委員会資料「海岸管理における課題と論点(案)」
実際に、2021年気仙沼市(けせんぬまし)の漁港では防波堤をささえる管が海中で折れ、約50mにわたって倒壊しているのです。
また、とくに防潮堤の建設をめぐっては生態系など自然環境への影響も懸念されており、建設前の十分な調査や議論が必要と言われています。
日本は海でかこまれてた島国であり、海との共存が不可欠です。
本記事をよんで少しでも防波堤や防潮堤、そして防災について関心をもっていただけると幸いです。
【参考文献】
*TBS NEWS DIG|防波堤で釣りをしていた男性 海に転落して死亡 大分・佐伯市
*NHK 岩手 NEWS WEB|久慈港の「湾口防波堤」 小学生が建設現場を見学
*読売新聞オンライン|高さ10mの防潮堤越えた…「津波防災の町」の誤算[記憶]<1>
*日経XTECH|防波堤が一夜で海上から消える
*日本自然保護協会|【東日本大震災から10年】小泉海岸。子どもたちに伝えたいこと(宮城県)
(以上)