トリアージは、災害時や多くの傷病者がいる事件事故現場において、世界中でおこなわれている行為です。
なかなか聞き慣れない言葉ですが、実は日本でも既に取り組まれています。
今回は、トリアージとはなにか?その手順やトリアージがおこなわれている現場、そして課題について解説します。
トリアージとは治療の優先順位を決定すること
トリアージとは、災害時 など一度に多くのケガ人や病人が発生した際に、治療の優先順位を決めるためにおこなわれる行為のことです。
「すべての人を救いたい」「命を助けてほしい」という、医療提供側、医療を受ける側それぞれの願いは、当然に普遍的なものです。
しかし、限られた医療スタッフおよび医療機器でより多くの人を救うためには、優先順位を決めなければなりません
優先順位は緊急度、重症度をもとに決められる
優先順位をどのように決めるか。それは、ケガ人・病人の状態のにおける緊急度や、重症度をもって判断されます。
日頃、病院の待合室などに「急患がいる際には、診察の順番が変わる場合があります」といった注意書きを目にしたことはないでしょうか。
トリアージという言葉は書かれていないものの、私たちは日常的にトリアージの下に置かれているのです。
災害時におけるトリアージは、日常でおこなわれるものとは規模が異なりますが、ケガ人や病人の状態を判断する、という点では同じと言えるでしょう。
災害で大きな被害をうけた患者の状態は刻一刻と変化するため、トリアージは一人につき30秒という速さでおこなうよう求められています。
トリアージは4項目で判定し4色で分類する
「一般財団法人 日本救急医療財団 公式サイトより」
優先順位を決めるためには基準がなくてはいけません。日本では「START法」にもとづき、「歩行」「呼吸」「脈」「意識」の4段階でチェックが行われます。判定された結果は、トリアージタッグと呼ばれるメモ付の札のようなもので、管理されます。
トリアージタッグの色が示す緊急性
日本で採用されているトリアージタッグは「黒・赤・黄色・緑」の4色です。
詳しくは後述しますが、もっとも優先度が高いのは「赤」で、次に「黄色」「緑」とつづきます。「黒」は息をしていない状態で助けられないとの判断です。
該当する色がトリアージタッグの1番下になるよう残りの部分は切りとられ、手首や足首につけられます。
最初のチェックは「歩くこと」ができるかどうか
多くのケガ人や病人がいる中で、救急隊員等が最も最初に確認するのは「歩くことができるかどうか」です。
「歩ける人はこっちに来てください!」と手招きをしているシーンを、テレビなどで見たことがある人もいるかもしれませんね。
歩ける場合、トリアージタッグの色は緑色
自力で歩ける状態なら、トリアージタッグの色は緑色となり、優先度は一番最後になります。しかし、呼吸器系に異常があっても歩ける場合もあるため、トリアージは何度か行なうことが求められてもいます。
救助作業の妨げにならないよう落ち着く
トリアージの結果、緊急性はないと判断されると、「自分は助けてもらえないの?」と不安になる人もいるかもしれませんね。実際、大事故の現場でトリアージをおこなった医師の中には、トリアージタッグが緑色の人から「助けてくれないのか」と訴えられたという人もいます。
もし、自分がトリアージを受けて、緊急性がないと判断された場合には、まず慌てないことです。ここで落ち着かないと、現場で救命活動をしている人にとって迷惑になってしまう可能性もあります。
次は「呼吸」「脈」「意識」の順にチェックされる
歩くことができない場合から、「呼吸」「脈」「意識」の確認へと進みます。一つひとつ基準に照らしながら、緊急度、重症度を見極めて優先順位を決めていきます。
優先順位が一番高い『緊急』トリアージタッグは赤色
トリアージの結果、もっとも緊急性が高い、つまり真っ先に救命処置の必要がある対象者は、『緊急』を意味する赤色のトリアージタッグが着けられます。
赤色の判定がされる場合はのとおりです。
・呼吸がなかったが、気道確保の結果、呼吸が戻った場合
・1分間の呼吸回数が9回以下もしくは30回以上
・脈がない場合
・呼吸、脈の状態は問題ないが、意識がない
2番目に優先順位が高いのは『準緊急』トリアージタッグは黄色
「呼吸」「脈」に異常がなく、かつ呼びかけに反応できる(簡単な指示に応じる)、つまり「意識」に問題がない場合に〖準緊急〗と判断されます。
トリアージタッグは黄色で示されます。
救命しても助からない、死亡している場合は「黒」
呼吸、脈、意識すべてのチェック項目に照らしても、救命の可能性がない、または既に死亡と思われる場合、トリアージタッグは黒色になります。
トリアージがおこなわれている現場
日本では1995年の阪神淡路大震災でトリアージが注目されて以降、災害時に限らず、多くのケガ人がいる大事件の現場でもトリアージがおこなわれています。
ここでは3つのトリアージについて解説します。
救急搬送トリアージ
緊急性がないと思われるケガや体調不良であっても、救急車を要請することが社会問題になっています。
東京消防庁では、通報を受けた現場において、救急搬送トリアージを実施していることをホームページで周知しています。つまり、現場にいる対象者は搬送する緊急性があるのかどうか見極めるのです。
災害時等ではなくとも、限られた人的物的資源のなかにおいてはトリアージが必要という、医療現場の根幹を表しているともいえるでしょう。
【参考URL】東京消防庁「救急搬送トリアージについて」 https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kyuu-adv/triage.htm
院内トリアージ
院内トリアージは、救急外来に来た人に対しておこなわれるトリアージで、診察の優先度を決めるものです。
このときのチェック方法は、主に災害時に使われるSTART法ではなく、JTAS(日本語版緊急度判定支援システム)というツールが使われます。
症状に応じて5段階で判定されるのですが、この場合でもトリアージは一度だけではなく何度か行うようになっています。
コロナ禍において院内トリアージ算定要件が緩和された
病院が院内トリアージを実施した場合、要件を満たすと院内トリアージ実施料が診察料に計上されます。
厚労省は、猛威をふるっているコロナ禍において医療機関への経済的支援、感染拡大防止を目的に、2020年4月10日付けで臨時的な要件の緩和を通知しています。
いくつか要件はあるのですが、私たちにわかりやすい点をあげましょう。
当初は「初診」の救急患者が対象でしたが、「再診」の患者に院内トリアージを実施した場合でも、病院は院内トリアージの実施料を計上することができるようになっています。さらに「電話や情報通信機器」による初診も院内トリアージの対象としました。
避難所トリアージ
防災に関する重要事項の審議等をおこなう国の中央防災会議が、南海トラフ地震対策の報告書において、避難者トリアージを提案しました。
これは、避難所に入りきれないほどの人が来ると予想されるため、人的物的な被害の程度によってトリアージをおこなうというものです。その結果、避難所ではなく自宅での避難になることも事前に想定し、備えておくようにと提言しています。
日本のトリアージにおける課題
ここではトリアージに関する法律上そして倫理上の問題について解説します。
法的整備がなされていない
2011年東日本大震災において、トリアージの結果、緊急性がない「緑」と判定された高齢者が院内で待機中に亡くなるというケースがありました。遺族は病院のトリアージに過失があったとして提訴し、のちに和解が成立しています。
緊急時であっても、適切な判断と対処が必要なのは言うまでもありません。しかし、日本ではトリアージについて規定されている法律、免責要件などもありません。
そのため、医療側がトリアージをおこなうことを萎縮してしまい、結果として救える命までも救えなくなってしまう、という危険性が指摘されています。
命を選別するのかという倫理上の問題
トリアージについて、命の選別だと反対する声も当然あります。法整備がないことにも関係しますが、トリアージの意義について、日頃私たちが耳にすることはありません。
もちろん、医療従事者等が議論や検討会をおこなっているのですが、私たちにとって身近な話題とは言えないでしょう。
突発的に発生する災害や大事故、その時にトリアージという聞きなれない言葉を耳にすると、私たちは感情的になりがちです。
「助けたい」という思いだけでは命を救えないように、感情だけで評価をすることは適切ではない評価をしてしまう危険性があります。
首都直下型地震や南海トラフ巨大地震といった大地震の発生が言われる中、トリアージについてもっと身近なところで議論される必要もあるでしょう。
まとめ
私たちは、各地で大地震や台風被害が起きている日本において、嫌でも命のはかなさを感じる機会に触れています。だからこそ命を守るために、さまざまな対策をおこないます。
しかし、大災害を前にしたとき、私たちに出来ることには限界もあります。
トリアージとは、より多くの命を救うためにおこなわれる行為です。トリアージについては課題もあり、更に検討も必要ですが、命を守るため必死におこなわれる行為であることは変わらないでしょう。
【参考文献】
日本救急医学会・医学用語解説集「トリアージ」 https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/1022.html
災害医療大学「トリアージとは?8講義まとめ 4つのトリアージタグと特徴」 https://bigfjbook.com/triage/
ヨミドクター(読売新聞) 医療崩壊の最大の問題、どの患者を救うか選ぶ「トリアージ」は医者任せでいいのか? https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210115-OYTET50002/2/
リスク対策.com 「大規模殺傷事故の現場で、傷病者をトリアージする」 https://www.risktaisaku.com/articles/-/12402
NHK WEB特集「行き場のない救急車をトリアージ 大阪 生と死 狭間の現場より」 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210517/k10013026711000.html
東京ベイ・浦安市川医療センター What’s「トリアージ」?~救急外来で重症患者を見逃さないために! https://tokyobay-mc.jp/nursing_blog/web09_23_emergency_nursing_triage/
朝日新聞GLOBE+ アングル:新型コロナ、イタリア最悪の医療機器 現場に「トリアージ」の重圧
近代消防:傷病者とのコミュニケーション 第8回「トリアージ事例」 https://www.ff-inc.co.jp/syuppan/zassi/PDF/syobo13_05B.pdf
コトバンク「避難者トリアージ」 https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B8-14243
朝日新聞デジタル:避難者トリアージ、半数導入に否定的 東海の沿岸市町村 http://www.asahi.com/special/news/articles/NGY201308100009.html
ナスハピ転職「ナースのスキルアップ -院内トリアージってなに?-」 https://www.nurse-happylife.com/23853/
GemMed「新型コロナ感染・疑い患者への外来診察を評価する【院内トリアージ実施料】、再来患者でも算定下-厚労省」 https://gemmed.ghc-j.com/?p=33431
Wikipedia「院内トリアージ実施料」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A2%E5%86%85%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B8%E5%AE%9F%E6%96%BD%E6%96%99
JNEIA 日本ネット輸出入協会「スイスで制定されたトリアージに関する医療倫理ガイドライン~ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(2) https://jneia.org/200402-2/
防災評論(第125号)「3、トリアージ法制化論議(選択と集中への壁)」 https://bousaisi.jp/information/bousai125/
救急医の小部屋「災害トリアージの基本|START法・PAT法・トリアージタグの記載法」 https://ericuphysician.com/disaster-triage
厚労省「新型コロナウイルス感染症に係る診療報酬上の臨時的な取扱いについて(その10)」 https://www.mhlw.go.jp/content/000621316.pdf
防災テック「災害トリアージとは?START法による判定基準について」
(以上)